三国志モバイル人物伝

白帝Bai di

ハクテイ

魚復

永安Yong an

エイアン

魚復

固陵Gu ling

コリョウ

巴東

巴西Ba xi

ハセイ

領城7
戸数不明
人口不明

興平二年(一九五)、益州牧劉璋は巴郡を三分割して、安漢以下を従来通り巴郡として[ホウ]羲を太守に任命した。建安六年に巴西郡と改称される。土地は山がちだが平で、牛馬の畜産や蚕の飼育が行われる。前漢以来、多くの傑出した人物を輩出し、郡が「三巴」に分割されてからも周舒・[言焦]栄始・[言焦]周・程祁らが現れ、また馬勲・[キョウ]禄・[キョウ]・黄権・馬忠・王平・句扶・張嶷らが活躍した。そこで「巴に将あり。蜀に相あり」と謳われたのである。はじめ[言焦]周が出て、続いて陳寿が出て、抜群の才能を世に輝かせた。このほか優れた人物も多かったが数えきれない。

【太守】[ホウ]羲 / 向朗 / 杜[コ]

【郡人】趙筰 / 閻乂

【領城】[ロウ]中 / 充国(西充国) / (南充国) / 安漢 / (平州) / 宕渠 / 漢昌

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