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雲台二十八将

鄧禹(とうう)

南陽(なんよう)の豪族の子。通称は仲華(ちゅうか)。

長安(ちょうあん)へ留学中、劉秀(りゅうしゅう)と出会う。戦乱が起こると、劉秀の元へ出かけていき、その配下となった。各地で武功を立てたのち、赤眉(せきび)軍の討伐へ。河東(かとう)郡を平定して大司徒(だいしと)に昇進。このとき、わずか24歳。

恩愛7 信義6 威光3 廉潔7 公正5 野心2

人望8 教養7 政治4 計略4 統率8 武勇3

呉漢(ごかん)

通称は子顔(しがん)。家は貧しく、馬を売って暮らしていた。

県令(けんれい)に任命され、のちに劉秀(りゅうしゅう)に属す。学問がなく粗暴な一面もあったが、劉秀は軍人としての最高位・大司馬(だいしば)に任命する。いちど敵対した相手はかならず殺した。劉秀軍でも一番の猛者である。

恩愛1 信義3 威光8 廉潔3 公正6 野心2

人望3 教養1 政治1 計略6 統率8 武勇6

賈復(かふく)

通称は君文(くんぶん)。学問にも秀でていた。

はじめ数百人を集めて羽山(うざん)で挙兵、劉嘉(りゅうか)に属していた。劉嘉の勧めで劉秀(りゅうしゅう)の元へ行き、将軍に取り立てられる。「まず打ち破る、食事はそれからだ」と言い、その言葉通り、強敵を倒したほどの勇将。

恩愛3 信義6 威光9 廉潔4 公正6 野心7

人望4 教養5 政治2 計略3 統率7 武勇8

耿弇(こうえん)

通称は伯昭(はくしょう)。上谷(じょうこく)太守・耿況(こうきょう)の子。

王郎(おうろう)が反乱を起こしたとき、父の代理として劉秀(りゅうしゅう)と面会。そのまま劉秀配下の部将となり、皇帝になるようにと劉秀を説得する。つねに少数の兵で多数の敵を撃破、武名をとどろかせた。

恩愛4 信義4 威光7 廉潔6 公正6 野心3

人望5 教養4 政治2 計略9 統率8 武勇5

雲台三十二将

雲台二十八将にこの四人を加えて三十二将と呼ぶこともある。

李通(りとう)

李守(りしゅ)の子、李軼(りいつ)のいとこ。通称は次元(じげん)。

南陽(なんよう)の豪族。劉秀(りゅうしゅう)をかついで挙兵、劉玄(りゅうげん)から大将軍(だいしょうぐん)に任命される。劉玄が長安入りすると荊州(けいしゅう)鎮定を任せられ、そのとき劉秀の妹・伯姫(ぽーちー)を妻にする。独立した劉秀に誘われてその配下となり、劉秀が遠征するたび留守役をつとめた。

22年10月、光武・李軼とともに挙兵。

恩愛8 信義5 威光2 廉潔6 公正4 野心1

人望6 教養6 政治6 計略3 統率6 武勇2