三国志モバイル人物伝

南安Nan an

ナンアン

青衣江会(青衣江と長江の合流点)に役所が置かれた。李氷が県の急流を治水工事をして、その堤は雷垣または塩漑と呼ばれている。柑橘官社がある。漢の時代には塩井があった。名茶を産する。県の西に熊耳峡があり、県の南八十里に峨眉山がある。孔子地図によると山に仙薬があり、前漢武帝が使者をやって祭りを行い、薬を探させたが見つからなかったという。県の豪族に能・宣・謝・審・五氏、また楊・費氏がある。むかし唐蒙が作った魚符津(渡し場)は県の北三十里にあり、幅は四・五尺、深さは百丈の所もあり、今でも鑿で穿った跡が残っている。

【県令】

【県人】費詩

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