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原著作者:【むじん書院】

94 裴松之の三国志注

文帝劉義隆)が、三国時代の異同を拾って陳寿の『三国志』の注釈とせよと裴松之に命じると、裴松之は伝紀を収集して異聞を広め、書物を完成させるとこれを献上した。帝はこれを叡覧して「これこそ不朽と言うべきじゃな」と彼を褒めた。その際の(裴松之の)上表文に言う。「陳寿の書物は見るべきものを厳選いたしましたが、簡略過ぎるという失敗があり、いくつか抜け落ちている箇所もございます。は聖旨を奉じて詳細を調べるにあたり、くまなく徹底するよう心がけ、記録すべきでありながら陳寿の掲載していない事実は残らず採用しております。一つの事件について記録に矛盾があったり、事件の出処が違っていて判断できない場合でも、みな要約に含めて異聞を固めました。」これが裴松之の大まかな方針であり、広く収集すること心がけ、陳寿の欠点を補おうとしたのである。誤謬や異説がある場合には、自分の意見を表明して正しい方を切りわけ、注釈に含めていった。いま裴松之が引用した史書を調べてみたところ、合わせて五十種余りであった。謝承の『後漢書』、司馬彪の『続漢書』『九州春秋』『戦略』『序伝』、張璠の『漢紀』、袁瑋の『献帝春秋』、孫思光の『献帝春秋』、袁宏の『漢紀』、習鑿歯の『漢晋春秋』、孔衍の『漢魏春秋』、華嶠の『漢書』、『霊帝紀』、『献帝紀』、『献帝起居注』、『山陽公載記』、『三輔決録』、『献帝伝』、『漢書地理志、『続漢書郡国志蔡邕の『明堂論』、『漢末名士録』、『先賢行状』、『汝南先賢伝』、『陳留耆旧伝』、『零陵先賢伝』、『楚国先賢伝』、荀綽の『九州記』、『襄陽記』、『英雄記』、王沈の『魏書』、夏侯湛の『魏書』、陰澹の『魏紀』、文帝曹丕)の『典論』、孫盛の『魏世籍』、孫盛の『魏氏春秋』、『魏略』、『魏世譜』、『魏武故事』、『魏名臣奏』、『魏末伝』、の人の『曹瞞伝』、氏(魚豢)の『典略』、王隠の『蜀記』、『益部耆旧伝』、『益部耆旧雑記』、『華陽国志』、『蜀本紀』、汪隠の『蜀記』、郭冲の『記諸葛五事』、郭頒の『魏晋世語』、孫盛の『蜀世譜』、韋曜の『呉書』、胡沖の『呉暦』、張勃の『呉録』、虞溥の『江表伝』、『呉志』、氏の『呉紀』、虞預の『会稽典録』、王隠の『交広記』、王隠の『晋書』、虞預の『晋書』、干宝の『晋紀』、『晋陽秋』、傅暢の『晋諸公賛』、陸機の『晋恵帝起居注』、『晋泰始起居注』、『晋百官表』、『晋百官名』、『太康三年地記』、『帝王世紀』、『河図括地象』、皇甫謐の『逸士伝』『列女伝』、張隠の『文士伝』、虞喜の『志林』、氏の『異林』、荀勖の『文章叙録』、『文章志』、『異物志』、『博物記』、『列異伝』、『高士伝』、『文士伝』、孫盛の『雑語』、孫盛の『雑記』、孫盛の『異同評』、徐衆の『三国評』、『袁子』、『傅子』、干宝の『捜神記』、葛洪の『抱朴子』、葛洪の『神仙伝』、衛恒の『書勢序』、張儼の『黙記』、陰基の『通語』、顧礼の『通語』、摯虞の『決疑』、『曹公集』、『孔融集』、『傅咸集』、『嵆康集』、『高貴郷公集』、『諸葛亮集』、『王朗集』、庾闡の『揚都賦』、『孔氏譜』、『孫氏譜』、『嵆氏譜』、『劉氏譜』、『王氏譜』、『郭氏譜』、『陳氏譜』、『諸葛氏譜』、『崔氏譜』、華嶠の『譜叙』、『袁氏世紀』、『鄭玄別伝』、『荀彧別伝』、『禰衡伝』、『荀氏家伝』、『邴原別伝』、『程暁別伝』、『王弼伝』、『孫資別伝』、『曹志別伝』、『陳思王伝』、『王朗家伝』、『何氏家伝』、『裴氏家記』、『劉廙別伝』、『任昭別伝』、『鍾会母伝』、『虞翻別伝』、『趙雲別伝』、『費禕別伝』、『華佗別伝』、『管輅別伝』、『諸葛恪別伝』、何劭作『王弼伝』、繆襲撰『仲長統昌言表』、傅玄撰『馬先生序』、『会稽邵氏家伝』、陸機作『顧譚伝』、『陸氏世頌』、『陸氏祠堂像賛』、陸機の作る『陸遜銘』、『機雲別伝』、蔣済の『万機論』、陸機の『弁亡論』。これら引用された書物はみな注釈内に書名が出ていて、その収集ぶりの広大さが見てとれるのである。范蔚宗范曄)が『後漢書』を作成したとき、おそらく裴松之が引用した書物群はまだ現存しており、それゆえ『寿志(三国志)』に記載されない事実を補うことができたのであろう。現在では書物群のうち伝承されたものは、もう十分の一にも届かない。陳寿および裴松之・范蔚宗らの時代に見過ごされ、彼らに採用されなかったものにも(それぞれの)持説があったはずだ。今さら思い立って、これらのたまたま伝承された一・二の書物でもって陳寿らの史書を批判的に読もうとしても、おおかたその限界を知るだけであろう。