利用許諾契約書

このurlで示される文書はGFDLに基づいて利用することができます(GFDL日本語訳)。ただしこの利用許諾契約書そのものは改変できません。

原著作者:【むじん書院】

巫山

赤帝瑤姫といい、まだ嫁がぬうちに亡くなって巫山の南麓に埋葬された。巫山の女と呼ばれるのはそのためである。懐王高唐に遊んで昼寝したとき、女神に出会う夢を見た。(女神は)自分を巫山の女だと言っていた。王はそこで女神と交わった。巫山の南にを建立、「朝雲」と名付けた。(息子の)襄王の時代になると、また高唐に遊ぶことになった。

楚の襄王は宋玉とともに雲夢の野に遊び、宋玉に高唐の故事をに詠ませようと思って「朝雲」の館を見ると、屋上に雲が立ちこめ、まっすぐ上に高々とそびえ立ち、ぱっと形を変え、しばらくして様々に変化して限りなかった。王が「これはいかなる気配か?」と訊ねると、宋玉はこう答えた。「むかし先王さまが高唐に遊ばれたとき、お疲れになってお昼寝をなさいました。夢に一人の婦人が現れまして、ぼんやりしていて雲のよう、きらきらしていて星のようでございました。そこへ行こうとしても辿り着けず、漂っているようでもあり、留まっているようでもありました。目を凝らして見てみると西子西施)のような姿形でしたので、王さまは喜ばれ、かの人に訊ねられたところ、『は帝の末娘で、名を瑤姫と申します。まだ嫁がぬうちに亡くなり、巫山のに封ぜられました。霊魂が草に憑依し、霊芝となって実ります。(それを)愛好して服用いたしますと夢の中で会うことができるのです。巫山の女とも高唐の姫とも呼ばれております。君が高唐に遊ばれたとお聞きいたしましたので、どうか枕を共にして頂きとう存じます』とのことでした。王さまはそこでご寵愛召されたのでございます。」