利用許諾契約書

このurlで示される文書はGFDLに基づいて利用することができます(GFDL日本語訳)。ただしこの利用許諾契約書そのものは改変できません。

原著作者:【むじん書院】

望楚山

望楚山には三つの名がある。一名を馬鞍山、一名を筴山という。

元嘉年間(四二四~四五四)、武陵王劉駿刺史になると、しばしばここに登った。その旧名を嫌い、南方に鄢・郢が遠望できたことから望楚山と改称した。のちに龍飛(即位)することになるが、彼こそが孝武帝なのである。彼が遠望した場所を、当時の人々は鳳嶺と呼んでいる。高みには三つの石壇があり、そこが劉弘・山簡が九日(重陽の節句)の酒宴を開いた場所である。