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原著作者:【むじん書院】

蒯欽

蒯欽

むかし恵帝司馬衷)が即位したとき、子供たちが童謡を歌って言った。「二つのは地に落ちて、哀しきことかな秋の蘭、を戻すよ街郵に、しまいは人に嘆かれる。」また河内郡の県に気違いじみた者がいて、このような字句を書いた。「光光たり文長、戟をもってとなす。毒薬すなわち行われ、刃かえって自ら傷す。」(楊駿文長の弟の)楊済が蒯欽に訊ねると、蒯欽は涙を流しながら言った。「皇太后はを『季蘭』とおっしゃる。二つの火というのは、武皇帝司馬炎)のである『炎』という字のことだ。」これは、武皇帝が崩御したのち太后が権威を失い、大きな災厄と屈辱に見舞われ、最後まで無体な扱いを受けつづけ、帝陵に納められることもなく、あらぬ場所に葬られることを言っているのである。(楊駿の娘である)楊太后が滅ぼされたとき、街郵亭に葬られ、みな彼の言葉通りになった。

蒯欽の大叔父蒯祺の妻は、諸葛孔明諸葛亮)の上の姉である。

蒯欽

蒯欽。

初,惠帝卽位,兒童謠曰:“兩火沒地,哀哉秋蘭,歸(刑)[形]街郵,終為人嘆。”又河內溫縣有人如狂,造書曰:“光光文長,以戟為墻,毒藥卽行,(刀)[刃]還自傷。”楊濟問欽,欽垂泣曰:“皇太后(諱)[字]‘季蘭’;‘兩火’,武皇帝諱‘炎’字也。”此言武皇崩而太后失尊,罹大禍辱,終始不以道,不得附山陵,乃歸於非所也。及楊太后之見滅,葬於街郵亭,皆如其言。

欽從祖祺婦,卽諸葛孔明之大姊也。