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原著作者:【むじん書院】

王昌 昌母

王昌公伯といい、東平国の散騎常侍となった。早くに卒去した。妻は任城王曹子文曹彰)のである。王昌の弟王式は字を公儀といい、度遼将軍長史となった。妻は尚書令桓階の女である。

王昌の母は聡明で、礼儀作法に厳しかった。二人の嫁たちが門に入るときも、みな衣服を着替えてから車を降りさせたほどだから、大それた贅沢などはできなかった。のちに桓階の子桓嘉公主(皇女)を降嫁された。公主が金糸の着物で王式の妻に会いに行こうとすると、桓嘉がそれを引き止めて言った。「あそこの婆さんは怖いんだ。許してくれないだろうから、そんな格好はするなよ!あっちの家法に触れずにはおられまい。」

王昌 昌母

王昌,字公伯,為東平相﹑散騎常侍。早卒。婦是任城王曹子(大)[文]女。昌弟式,字公儀,為度遼將軍長史;婦是尚書令桓階女。

昌母聡明有典教。二婦入門,皆令變服下車,不得逾侈。後階子嘉尚魏主,[主]欲金縷衣見(王)式婦,(桓)嘉止之曰:“其嫗嚴固,不聽,莫爾!不須持往,犯人家法。”